焼き鳥屋開業への道

焼き鳥屋の移転(店舗拡大)と2店舗目出店までの流れ

焼鳥一力

宇部新川に焼鳥一力を開業し、来客数は安定し来店をお断りする事も増えてきたので、店舗拡大の為に移転を決意しました。

焼鳥一力1号店の暖簾
焼き鳥屋を開業して軌道に乗せるまでの流れ未経験者が山口県宇部新川に焼き鳥屋を開業し軌道に乗せるまでの流れを、気付きや心構えと合わせてご紹介します。...

移転後に焼鳥一力は大繁盛店へと成長し、さらに2019年には「RICKY」と「ニカイノリッキー」という新店舗を同じく宇部新川に同時オープンをさせる事ができました。

そこで今回は「焼鳥一力」の移転から新店舗の出店を決意するまでの流れをご紹介します。

物件は不動産屋経由で探さない

飲食を始めてから知ったことだが、良い物件というものは不動産屋に情報が出る前にすでに契約が決まってしまっているということ。

その情報を掴んでいるのが飲食店に関わりのある酒屋、厨房機器屋、おしぼり屋などの取引業者。飲食店との日々の会話から情報を仕入れ、それが広がり内輪で次の入居者が決まってしまうことが多い。

つまり未契約のまま不動産屋に出ている物件は、飲食人に人気のなかった物件ということが多い。(全てがそうとは言えないが)

なので、取引業者と仲良くなり、移転や2号店目を考えていること、いい情報があれば教えて欲しいということを自らが発信することが大事だ。

また、売り上げを安定させた状態を保つことも重要で、実績をつくることは、物件を探してもらう取引先への信頼につながる。

信用も信頼もない他人と取引するより、関係性を築き上げてる人と取引した方が、お互い好都合。だから、繁盛店を作ることでおのずと物件紹介の話が回ってくるようになる。

移転の罠

移転前は繁盛していたのに、移転後に景気が悪くなったという話はよく聞く。

移転して物件が空くという状況は、経営がうまくいかなかったパターンが多い。だが、前の店がうまくいかなかったという理由で、その物件の場所が悪いと決めてしまうのは良くない。

その物件に、過去一度でも大繁盛した経歴があれば、その物件自体には悪い理由はなく、経営のやり方を間違えていただけで、その土地の持つパワーはいいものがあると僕は判断する。

僕が移転先に決めた物件の前々回に入っていた店は、そこで10年続き大繁盛をしたためその後違う場所で自社ビルを建てたと聞いた。

そのことから、この土地と場所は繁盛する土俵が整っていると感じ、移転先に決めた。あとはその土俵の中でいかに自分が戦うか。こっちのやり方次第だ。

良い物件なら交渉は迅速に

改装中の焼鳥一力

移転先として決定した物件は、同じビルの隣の店舗だった。近くにした理由は、小道の奥に隠れた小さな店というお客さんの思う一力のイメージを変えたくなかったから。

移転先は、既存店の3倍の広さの30坪。前は焼肉屋で、焼鳥屋をやるにはほぼ全ての内装を崩さなければいけなかった。

一度全部崩して新しいものを作るということは、莫大なお金がかかるということは素人ながらにも分かったいたにも関わらず、前のオーナーにそこの設備を300万円で買ってくれと頼まれた。

使わない設備にお金を払うことに納得はできなかったが、断ってしまうと交渉権が違う人へ渡ってしまう可能性がある。せっかく見つけたこの物件を何としてでも手に入れたかったため、その条件込みで買うことに決めた。

少しでも安く、少しでもいい条件で手に入れたいのはみんな同じで、手放す側もいい条件で買ってくれる人をみつけるのが望ましいだろう。

そんな取引で心痛するぐらいなら、少しぐらい高くてもとっとと物件手に入れて、少しでもそこで早く商売を始め、お客様に喜んでもらえることを考えた方がいい。

どうせやるなら交渉も気持ちよく。

既存店は売却し資金の足しに

移転先の交渉をしながら、既存店を買ってくれる人を探していた。運悪く初期投資にかけた設備が売れなかった場合は、元の状態に戻して家主に返す状況にもなりかねない。

今度は、関わりのある取引業や飲食仲間などに、この店を買ってくれる人がいないか探して欲しいと頼んで回った。10坪22席の店は脱サラし飲食店にチャレンジしたい人や、夫婦二人でやる店としてはちょうどいい広さのため人気はあった。皆様の協力のもと、設備を買ってくれる人が割とすぐに見つかった。

たまたま運良く売れたが、これが売れると売れないでは移転に向けての資金繰りに大きく影響を及ぼす。移転先を探すことと同じ熱量で、しっかり動いて購入者を探すことをオススメする。

コストをかけすぎないでやるのは、負けを早めるだけ

移転先は30坪44席、施工費は1700万円だった。1年半前には残金15万円しかない状態での出店だった僕からすると、相当な勇気と覚悟のいる決断だった。

でも僕はいつか大きな勝負に出る時が来ないとその先の飛躍は無いと思っていて、これが一つ目だとも思っていた。

お店にお金をかけないオーナーは多い。繁盛することは確定できないからだ。しかし、お金をかけず居抜きのまま移転すると、街の人には前の店の残像が残ってしまう。手軽くやったなというイメージを持たれ、インパクトを与えることができずに失脚していまう可能性もある。

変なジャブを打って小さな利益を得ようとするより、やるからには大きなパンチを打った方がインパクトを与えられる。

僕がこの大きな決断をすることができたのは、大繁盛店で修行してきた経験が大きい。味、接客、お客さんが来てくれる様々な仕掛けなどをつぶさに見てきたため、場所は違えどそのサービスを喜んでくれる人が絶対にいるという自信が、大勝負に出させてくれた。

やる前から弱腰で保険をかけてしまうと、その時点で負けを意識している。だから負けの方に引きづられてしまうのだ。

祝移転オープン

焼鳥一力の移転祝い

移転オープン後は不慣れなオペレーションの中、多くのお客さんが来店してくれた。慌ただしい日々が連日続き、スタッフは体力的にも精神的にも疲れ果てていた。

そんなある日、いつも元気なアルバイトの女の子が忙し過ぎて僕に本気で怒ってきた。「大将、いい加減にして下さいよ。忙しすぎですって。」それに同調するように、もう一人のアルバイトの女の子がそうだそうだと声を荒げた。

その時僕は、スタッフが怒るほど忙しくなったお店をつくれたことが嬉しく、そしてそれは僕一人の力ではなく、お店で働いてくれるスタッフがいるからこの状況にあるのだと感謝の気持ちに満ち溢れた。

店名である「一力」は、これまで関わってくれたすべての人の「力」のおかげで、「一つ」の店をつくり上げることができたという意味を込めている。常に周りの人の感謝を忘れない店でありたいという思いだ。

この時のアルバイトの子に対する気持ちも同じで、スタッフの力のおかげで、またひとつ店をつくることができ、改めて多くの人の力を頂いているなと感じた。何かをやる時はみんなの力のおかげだと感謝した。

頭ではなく体が勝手に動く動線づくり

焼鳥一力の店内

新店舗は僕が修行していた店とたまたま同じ席数であったため、焼き場キッチンを修行先と同じレイアウトでデザインしてもらった。それにより、頭ではなく体が勝手に動く動線をつくることができた。

オープン直後の店内は必ず混乱する。その状況下で指揮官であるオーナーの指示が不安定であれば店をうまくまわせるはずがない。

なので僕は指揮官がしっかりとした指示を出せるレイアウト作りを意識し、スタッフからの質問に的確な答えを出すことで混乱を最小限に抑えられる環境を整えた。

スタッフの動く道なりの中に自分が慣れ親しんだものをひとつ入れておくことをオススメする。

銀行マンが予測した「良くても1.7倍」

1.7倍。この数字は、銀行マンが予測した移転前(22席)から移転後(44席)の売り上げ増。この予測は嬉しい裏切りで、オープン1カ月後(2017年10月)から現在(2019年7月時点)まで、2倍の売り上げを推移している。

席数が倍になったことで、より多くのお客さんを受け入れる環境を整えたつもりだったが、平日は1回転、週末は2回転し、さらに当日の予約や飛び込みなどで来店してくれるお客さんをほぼ毎日のように断っており、気が付けばお客さんが店から溢れてしまう移転前の状況になっていた。

この状況をつくることができたのは、新規のお客さんを取り入れるのではなく、2回目以降に来てくれたお客さんを大事にするという思いが大きかったからだと思う。

人が人を呼んで繁盛につながったのだと、お客様には大変感謝している。

開業から3年半で個人事業から法人へ

「一力」オープンから3年半が経った頃、2人目のフル勤務スタッフが入店してくれることになった。

お客さんが増え安定した売り上げを出せるようになっていたことや、スタッフが安心して働ける環境を整えなければという思いから、ひとつの個人商店を法人化する決断を下した。

個人事業から法人化するか否かを悩む飲食人はとても多い。法人化へ移行する時の目安や指標などはさまざまあるが、僕はオープン当初から付き合いのある税理士さんに相談に乗ってもらっていたため、法人設立に至るまでの動きをスムーズに進めることができた。

2店舗目の出店を視野に入れる

チカラ商会のスタッフ

移転してから2年後には、フル勤務スタッフが6人までに増えた。6人になったことで一度は諦めた2号店目を視野に入れるようになった。

理由は売り上げが安定したことと、満席のため入店をお断るするお客さんの受け皿となる店をつくりたかったから。

これは移転する前の状況と全く同じである。

また、増えてきたスタッフの活躍の場を増やすことや、それによる給料のアップもできると思ったためだ。

でも一番の思いはやはりお客さんにある。同じ環境で同じことを提供していくことよりも、何か新しいものを見せてあげたいと思ったから。

お客さんに対するサービスはオープン当初から変えていないが、変わらないために、僕たちが変わり続けることが大事だと思った。

毎回同じ店で同じスタッフで同じような料理を出して、それを喜んでくれるお客様もいるが、繁盛してくるとそこを追ってくる人が必ずいる。

僕たちは、お客様に喜んでもらう為、お客様がイメージ出来る範囲のその少しだけ先を常に提案し、感動を与えていく必要がある。

ひらめきは財産

2号店目の物件を決める時に最初に紹介があったのは、街の中では一等地とされる場所。そこには以前、何十年と続く街の人は誰でも知っているラーメン屋があった。そんな一等地の約40坪の土地で、尚且つ新築物件。

初期投資もとてつもなく大きくなることも予想され、成功できる自信がないというより、大きなお金が動くことに不安が大きく弱腰になり断っていた。

物件探しをしながら、あらゆる情報をインプットし続けること約1年。色々な地域の色々な物件を紹介されたがあと少しピンとくるものがなかった。そんな時、ふと最初に紹介された物件のことを思い出していた。すると時を同じくして、土地のオーナーから再度「この場所でやらないか」という打診が来た。

この時は、即答するくらいすぐに飛び付いた。その場所は、僕が2号店を出すための条件である「絶対繁盛」が可能な物件。地域の誰もが知っている場所で、誰もの目に入るため宣伝もいらない。

今回、最初にひらめいたことに最終的に落ち着いた。損得勘定のないヒラメキは行動する上でとても大きな力をもつ。

しかし、ヒラメイタいいアイディアに勝手に出来ない理由を付けて行動に移さないことはよくある。でも、できない理由なんて、やってもないことにつけれるの?

これだ!と、ヒラメイタ事は財産。考えても浮かばないアイディアが天から降ってくるのだから(笑)

僕は今回、この事を改めて実感出来た。「これだ!」は「今だ!」なのだ。

それから、物件が決まったことによって、今までインプットばかりしてきたパンク状態の頭が、ここから一気にアウトプットしていく。

1/5か1/1か

新店舗の出店地

2号店目に決めた物件は当初、ビルの中に新しいテナントが5店舗が入る予定だった。けれどその計画を変更してもらい、僕がビルの1階から2階のすべてを借りることにした。

それは5つある内の1つになるよりも、ビルごと「チカラ商会」の店で占有することでお客さんに強いインパクトを与えることができるからだ。

ビルを1から建てる所から始めるため、とても大きな資金が必要で会社としても勝負ではあるが、その分地域住民に与えるインパクトは大きいはずだ。そのインパクトが外食に行く時に頭の中に浮かぶ、「3つの店」の内の一番手に浮上しやすくなるのではないかと考えている。

外食に行く時に、どこに行こうか頭に浮かぶ店舗は多くて「3店舗」。

だとしたらこの3つに入らないとお客様は来店してくれないし、逆を言うと3つに入れば来店の可能性は大きく上がる。

既存店の「焼鳥一力」、新店舗1階の店、新店舗2階の店がそれぞれ魅力的であるならばお客様の頭の中で「今回の飲み会は、あの店のどこかにしよう」と、頭の中がチカラ商会の店舗で埋め尽くされる。

各店舗の距離が約100メートルというのも狙いで、全てにおいてイイ共有が出来るのではないかと考える。

まとめ

以上が僕が「焼鳥一力」の移転(店舗拡大)させ新店舗の出店を決意するまでの流れになります。

これまでは弱腰に問題を考え、石橋を叩きすぎて橋を渡れなかったけれど、男というものはいつか勝負に出なければならない時があると思います。その時が来たと感じました。

これからは「焼鳥一力」、そして新店舗である「RICKY」と「ニカイノリッキー」で、地域の皆様へ僕がどんな感動を与える事が出来るのか挑戦していきたいと思います。

ABOUT ME
秋山尚登
秋山尚登
株式会社チカラ商会代表。山口県美祢市出身39歳。宇部新川で焼鳥一力(いちりき)を開業しわずか半年で軌道に乗せる。二年後に移転し席数が倍になるも予約が取れない繁盛店へ。圧倒的な行動力を武器に、世界をワクワクさせるべく動き出す。