焼き鳥屋開業への道

焼き鳥屋を開業して軌道に乗せるまでの流れ

焼鳥一力1号店の暖簾

福岡の大繁盛店での約4年間の修行を終え、出店先に選んだのが誰も知り合いのいない山口県宇部市。人口16万人のこの街から僕の焼鳥屋ストーリーは始まりました。

焼鳥屋開業への道2
三十路男、焼き鳥屋開業に向け修行の旅へ未経験から焼き鳥屋を開業させ繁盛店まで導いた僕が、どんな心構えで焼き鳥修行に挑んだのかをご紹介します。...

2014年に宇部新川に焼鳥一力を開業し移転を経て繁盛店まで導き、2019年には焼鳥&ワイン「RICKY」・ヤキトリ&フルーツ「ニカイノリッキー」の2店舗を同じく宇部新川に同時にオープンさせる事ができました。

そこで今回は、未経験だった僕が焼き鳥屋を開業し軌道に乗せるまでの流れを、気付きや心構えと合わせてご紹介します。

職人目線ではなくお客様目線で考える

野菜巻き串

業態を決めたのはオープン1か月前。たまたま友達と食べに行った焼鳥屋での彼らの反応に衝撃を受けたことがきっかけだった。

その店は、スライスした豚バラ肉に野菜を巻いた「野菜巻き串」に特化した焼鳥屋。福岡県の焼鳥は、串に刺せばなんでも焼鳥と言うぐらいメニューのラインナップは豊富で、バラエティーに富んでる。だから、野菜を豚バラ肉で巻き串に刺した焼鳥にも馴染みはあったが、本格焼鳥で勝負をするつもりの僕からすると、そんなオシャレな串は邪道だとワンランク下げた評価を勝手にしていた。

オーダーは、風呂桶ほどのカゴの中に入った30本。その串から好きなネタを選ぶスタイル。この店は福岡の繁盛店でそのスタイルも知っていたので僕は何とも思っていなかったが、一緒に行った友達はその目で楽しませるスタイルにとても喜んでいた。こんなにも喜ぶのかってほど喜んでいた。その喜んでいる顔を見た時に、お客様には味だけではなくエンターテイメントの要素も提供しなければならないのだと気付いた。

職人目線のこだわりを貫き「うまいからこれ食べてみろよ」ではなく、一般のお客様の目線に立ち喜ばれることを提供することも飲食人の仕事だと衝撃を受けた。お客様目線をベースに考えなければ、その先に繁盛はないと改めて気付かされた。

友達が喜んだこの反応を山口県の人に味わってほしいと思い、本格焼鳥で打ち出す予定を急遽オープン1か月前に変更し、山口県にはまだない『野菜巻き串』で勝負に出ることにした。

あらゆるトラブルは想定しておく

友達と共同で事業をすると必ず揉めるというのは飲食店のあるある。僕も、25歳でカフェを経営していた時、仲の良かった後輩に料理を任せていたが、お互いの小さな不満の積み重ねでたった3ヶ月で辞められてしまい、飲食店なのに料理人がいないという、めちゃくちゃ困った状況に陥った経験がある。

この経験を踏まえ、修業先で僕が意識したのはすべての業務を自分一人でもできる状態にしておくこと。料理、接客、クレーム対応、お金のことなど店の運営に関わるすべてを頭に叩き込んだ。

が、修行後にオープンした一店舗目で雇ったオープニングスタッフの料理人も、方向性の違いからわずか1カ月で辞めてしまう。もしかしたらという想定はあった為、ここで俺の本領発揮だ!と勇んだが22席の店を一人でまわせるわけもなく、たまたま見つかった料理が趣味の大学院生と元々いたアルバイトの女の子の3人で何とか営業をすることができた。

僕がこれから飲食店を始めたい人にお伝えしたいこと…

  • スタッフが辞めてしまうことは予め想定しておく
  • 何か起こった時のために、自分ひとりでも対応できる手立てを修行時から身に付けておく

この2点を意識することが重要だ。

また、自分では手が回らない業務を代わりに行ってくれるスタッフの存在も大切にしなければならない。

過去の経験からある程度のトラブルは覚悟していたが、やはり自分一人の力で店を運営することはできない。

一緒に働いてくれる仲間には、常に感謝の気持ちを持って接することもまた重要なのだ。

オープン景気を上手く利用する

焼鳥一力1号店

オープン数日間は、お客様がこぞって来店してくれる「オープン景気」というものが普通はあるけど、それがうちの店ではオープンして1ヶ月で1日しかなかった。その1日と言うのも、店舗工事に携わってくれた方々が、みんなで宴会してくれたその日のみだ。

リアルな数字を上げると、オープン1ヵ月目の売り上げは130万円(客単価4300円)。来店者数1日11人。とても少ない。

ではなぜオープン景気がなかったのか。理由は、

  • オープン告知広告を打っていなかったこと
  • 友達にオープンを知らせていなかったこと
  • そもそも開業する場所に、知人がいなかったこと

が挙げられる。

広告を打たなかった理由は、準備から開業日までのスケジュールがバタバタで、レセプションを出来なかった為、どのように店を回せるか分からなかったし、どんな問題が起こるか想定が出来ない為、お客様を集めて不快な思いをさせたくなかったので、もう少し慣れてから広告を出そうと思っていた。

案の定、オープン初日に問題勃発。換気扇が全く効かず、串を1本焼いただけで店内が煙で真っ白に。営業どころではなくなり、来てくれたお客様を断るはめになってしまった。

慣れないうちから大勢のお客様の対応をすると、何かしらのトラブルが起きた時に、取り返しのつかない事態になってしまう。オープン時は特に口コミを広めさせるチャンスだから、お客様がいい情報を広めてくれるのか、悪い情報を広めてられるのか、タイミングを読み間違えると、取り返しのつかない事になる。

だから広告を打つのは、少し慣れてからをオススメする。タイミングは遅れても、必ず遅めのオープン景気を体験することは可能だから、心配しなくて大丈夫。

次に、友達に知らせなかった理由は25歳の時に学んだカフェ経営時代にある。店が暇な時に「うちの店使ってよ」という営業電話をよく友達にかけていた。きっと彼らは嫌な思いをしただろう。

もう自分のエゴのために友達を使うことは避けたかったし、信用も失くしたくなかったので、友達に頼らない経営をしていこうと思っていた。

なので、知人がいない地での営業も問題なかったし、逆にいない地だからこそ、知人に依存しない営業で結果を出す他なかった。

友達、知人がいなくてもいい店を作れたらお客様が必ず広めてくれる。

その口コミは、『友達が店を始めたから行ってやってよ。』より、『あのあ店、たまたま通りがかりに見付けてふらっと寄ってみたけど、めっちゃいい店で…』の方が効果は絶大。

この会話を作り出すにはリアルなお客様が必要で、この口コミに至るにはお客様が不快に感じる要素をいかに減らしていくかが重要なのだ。

オープン時に稼げるだけ稼ごうなんて、目先の利益にとらわれるより、長いスパンで商売をみていった方がいいだろう。

そして、オープン景気はオープン後1~2ヶ月経ったとしてもそこから爆発的な好景気を味わうことが出来る。見切り発車は嫌いではないし、僕もそのタイプだが、猛ダッシュを決め尚且つ継続させたいのなら、お客様を満足させる為の準備は必須だ。

税理士(専門家)をつける

税理士さんをつけるか、つけないかという問題は、個人事業主の飲食人同士の間でよく話題に挙がる。店の規模が小さい場合、月々の顧問料(1万5000円~5万くらい)を払うくらいだったら経理は自分でやった方がいいという意見は多い。

1店舗目の僕の店は22席程の小さい店だったが、初めから税理士さんをつけると決めていた。

なぜなら、飲食業は日々の売上が現金で回収できる「現金商売」だからだ。現金が手元にあると、誘惑に負けどうしても使ってしまう事はよくある話。だから管理が苦手な僕は、税理士さんにお金の事は助けてもらった。

「そんな小さなお店でそこにお金をかける必要あるのか」と周囲には言われたが、これまでの経験からお金をかけてでも真面目な商売をしたかった。

オープン当時は午前10時から仕込みして、午前3時まで営業をしており、仕込みや片付けなどを済まして帰宅するのは午前4時という生活が続いていた。体力をフルで使って働いていたため、お金のことを税理士さんに投げなければ、きっと体がパンクしていただろう。

それと、数字が苦手だということも大きい。苦手なことを一から覚えてやるよりは、そこをプロに任せることで、自分のやるべき仕事に没頭できるのではないかという判断からだった。

結果的にお金の管理を税理士さんにお任せしたことは、非常に良かった。確定申告の時には、節税対策や消費税のことなど、為になる情報を教えてもらえる。これは毎月の付き合いがあるからこそだろう。

商売を始めてやる方なら特に、基準がないと思う。

今の売上でいいのか?原価率は妥当なのか?売上に対して人件費はかけすぎていないか?等々。長い目で見ても得になることも多いので、小さい店だとしても税理士さんをつけることをオススメする。

オープン1カ月後に客足が爆発した1枚の広告

オープンから1ヵ月が経ち、店のオペレーションになれてきた頃、やっと広告を出すことにした。

小さな店の場合は広告を出すことも、とても勇気がいる。例えば2万円の広告を出すと、10万円以上の売り上げを出さなければ採算が合わなくなる。けれど僕は見てもらう人にインパクトを与えるため、10万円の大きな広告を出すことに決めた。

お金がないにも関わらずなぜ大きな勝負に出たのか…それは絶対的な自信があったからに他ならない。山口県にはまだなかった豚バラスライスで野菜を巻いて串に刺して焼く「野菜巻き串」を提供していること、その串が大量に盛られたカゴを初めて見た時の友達の何ともいえない嬉しそうな表情から、山口の人も絶対に喜んでくれるという確かな自信があった。

お金がないからという理由で、小さなジャブを打っていくより、当たるかど分からないけれども大ぶりのパンチで勝負をかけた方がお客様には響きやすい。ここぞという時はジャブは必要く、自信があるなら大きな右ストレートを出た方がいいと僕は思う。

予想通り、広告掲載後に訪れた1カ月遅れのオープン景気と、そこからとどまることのない快進撃が始まった。

お客様が入店しやすい店づくり

焼鳥一力1号店のメニュー

僕の店では、2回目に来店してくれたお客様は必ず常連様とみなし、「前も来てくれましたね、ありがとうございます。」と伝え、注文とは別にサービス料理を提供している。「覚えていますよ、あなたのこと知っていますよ」をアピールしているのだ。

お客様の顔は、なんとなくの特長をつかみ意地で覚えてきた。そうした日々を繰り返すうち、サービスを出す回数が増えていき、お客様の数が増えてきたことが実感できた。

また、街で常連さんを見かけると、向こうが覚えていなくても挨拶をする。「焼鳥一力です。また店で会いましょー」てな感じで。向こうはいい迷惑かもしれないが、邪魔になりそうではなかったら必ず行くようにしている。それをすることによってお客様は、「店側から挨拶してくれるということは、次行った時も絶対覚えているはず」と思い、来店しやすくなる。

常連様に出すサービスは一度出したら一生続ける。週に3回の来店でも、1年に1回の来店でも、絶対にサービスは出すという覚悟の上で提供している。常連さんが数人仲間を連れて来店してくれた時には、「いつもありがとうございます」と言って、グループ全員にサービスを出している。そうすると、常連さんは仲間から感謝され、鼻高々。

飲食店でスタッフとお客様が仲良くなることは、ありそうであまりない。こちらから心を開き、「覚えていますよアピール」をすることは、お客様が気まずい思いをしないで入店出来る要因のひとつなのだ。その空間づくりと、入店する際の気まずさの排除は、サービスの基本である。

スタッフへの気配りを大切に

オープンから1年間は深夜3時まで営業をしていた。それはお金もなく、知り合いも全くいない中で、少しでも多くの人に店を知ってもらうために自分に課したルールであったが、体力的にはとても辛かった。

こんなことをずっと繰り返していたら体が持たないし、もし病気になって店を休みことになってしまったら元も子もないと気づき、その頃からこのシステムから早めに脱却していかないとその先の未来はないなと考えていた。

そんな矢先、やっとフル勤務のスタッフが来てくれた。元々は週に一度は来店してくれていた常連のお客様。あちらから「この店で働けませんか」と声をかけてくれた。

聞けば居酒屋で焼鳥を焼いているという。喉から手が出るほどフルで働いてくれるスタッフが欲しかったため、面接もなく即採用した。

彼の前職の居酒屋は、僕の店の3倍の席数でそこの焼鳥は一人で回していると聞いていため、これはなかなかの実力があるのではないかと思っていたのだが…。うちの店では、焼くことすらまともにできていなかった。そして入店してわずか一週間後に辞めたいと言って泣き出してしまった。

勤務時間が長いため、体力的にも精神的にもきつく、僕が求めるレベルも高すぎていたことが理由だろうと思う。辞めたいと言われた時に初めて、店に人生をかけているオーナーと、雇われの身である一従業員との間にモチベーションの差がとても大きいことに気付き、「職人とはこうあるべきもの」を強要しすぎていたと反省した。

自分の今後の焼鳥職人として生きて行くスタイルと、スタッフに対する接し方の両方を考える時期が来たと感じたので、このスタッフには辛い思いをさせてしまったが、辞めたいと言ってくれて感謝している。

営業時間短縮でお客様が溢れ返す店に

体力の限界まで働き、意地で売り上げをあげようとしていたシステムを変えるため、まず深夜3時までの営業を深夜1時で切り上げる決断をした。

この決断に至った理由は、従業員と僕の体を大切にするため。この体育会系のシステムは、いつか限界がくるだろう。

この時期はオープンから1年半が経ち、お客様も増え、売り上げも順調に伸びていた頃。週末には深夜1時から必ず満席になっていたため、苦渋の決断ではあったが、その溢れたお客様が早い時間帯に来るようになるのではという算段もあった。

これまで深夜帯に来ていたお客様が、早い時間帯に来ると、お客がさらに増え満席となり入店を断ってしまうことになる。だが断ることによって、次回飲みに行く時はまず一力に予約電話しようという流れを生み、「外食=一力」という図式が頭の中に浮かぶのではと思ったのだ。

営業時間を凝縮させてお客様を溢れ返す…この狙いが見事的中。オープン2年目の年末には、9.8坪22席で月商420万円を達成した。

220万円かけてのポスレジ導入

「ポスレジ」とは、注文を受けた時点でその内容がキッチンのオーダー表に記録されるシステム。これを移転が視野に入ったタイミングで、22席の小さい店で先行投資で導入した。

これまでは複写式のオーダー用紙にボールペンで書き込む注文の取り方をしてきたが、移転先は既存店の倍ぐらいの広さを考えていたため、その広い店内で効率良く動けるよう、また移転後にスムーズにオーダーが取れるよう、早めに導入した。

ポスレジ自体は導入して非常に作業効率は良くなったと思う。しかし、お客様にはこんなに狭い店でその機能必要?と、よく言われてた。

今回購入したポスレジは、たまたまポスレジの存在を知った日にたまたまポスレジの営業電話がかかってきて、何もわからない俺は何故か勝手に運命を感じ、そのままの勢いで契約まで勢いよく進んでいった。

しかし、こんなに大金をかけないでも、必要な機能を良く考え、下調べをし、本当に必要なポスレジを購入出来るようしよう。

移転(店舗拡大)を決意

月の売り上げが300万円を切ることがない月が増えだし、お客様の来店数が安定してきたと感じ始めた頃、遂に2号店の出店を考え始めた。その指標となったは売り上げ、来店客数の安定で、平日は確実に1回転、週末には2回転し、お客様を断ることも多くなっていた。

フル勤務のスタッフが1人いたため、1号店目を彼に任せ、僕は2号店目をメインで運営するつもりで物件探しを始めた。運良く近くにいい物件が見つかり、ここに決めようと思った矢先、スタッフが乗り気ではないことに気が付いた。

僕が「1号店を任せる、頼むぞ」と言った時の彼の表情が一瞬曇った。なにかが違う、俺は行き急いでいるのではないかと、あれだけ夢にまでみた2号店目の出店はとりあえず踏みとどまった。

これはスタッフが悪いわけではなく、僕が一人で先走り過ぎてしまったのだ。オーナーとスタッフの見ている世界が違い、さらにその共有ができていなかったのだ。

彼の仕事の向き不向き、やりたいかどうかもちゃんと考えていなかったことに気付き、2号店の出店は一度踏みとどまった。

では、先に進みたい俺はどうしたらいいのかと考える中で、今度は2号店ではなく「移転」ということが頭に浮かび上がってきた。

まとめ

以上が焼鳥一力を開業してから軌道に乗せるまでの流れになります。これから焼き鳥屋を開業させたい人のお役に立てれば幸いです。

次回は移転(店舗拡大)のお話です。

ABOUT ME
秋山尚登
秋山尚登
株式会社チカラ商会代表。山口県美祢市出身39歳。宇部新川で焼鳥一力(いちりき)を開業しわずか半年で軌道に乗せる。二年後に移転し席数が倍になるも予約が取れない繁盛店へ。圧倒的な行動力を武器に、世界をワクワクさせるべく動き出す。